山吹城跡・龍源寺間歩コース

山吹城跡・龍源寺間歩コース

所要時間

約4時間

見どころ

何といっても山吹城跡からの眺めが最大の見どころです。 大森などの町並みを歩くだけでは分らない石見銀山の地理地形の全容が一目瞭然で理解できます。

ガイドからひとこと

山吹城の上り口では「大した山とも思えないのに、なぜこんなところに守りの城を築くのか?」とも思えるのですが・・・ 息せききって登れば、周囲の山々や町、物資を積み出す港、まさに360度のパノラマ。 「自分が戦国武将であればやっぱりここに拠点を築いただろう」と納得できる見事な風景です。 この実感をぜひ体験してください

銀山公園

各コースの出発点です。石見銀山ガイドの会の事務所もあります。

山吹城大手門跡登山口

歩き始めてすぐに奉行所(のちの代官所)跡、お寺の跡等が見られます。

山吹城跡

(やまぶきじょうあと)
山吹城跡 山吹城は戦国時代、銀山争奪の拠点として何度も戦さが繰り広げられた舞台です。1533年(天文2年)頃、大内氏がここ要害山(標高414m)の頂上に山吹城を築いたのが始まりで、小笠原氏、尼子氏、毛利氏が争奪戦を繰り広げ、1562年ついに毛利氏が陥落させるまで戦いはおよそ30年間も続きました。山吹城のふもとには、番所跡や奉行所跡があります。 また、近くの街道に沿って《上市場》や《魚店》など城下町として栄えた名残の地名も数多くあります。

龍源寺間歩

(りゅうげんじまぶ)
龍源寺間歩 「間歩」とは銀を採掘するための坑道のことです。石見銀山には大小合わせて約600の間歩が存在するとされますが、現在、通年一般公開されているのはこの龍源寺間歩だけです。 江戸時代初期に開発され、永久・大久保・新切・新横相の間歩とともに『五ヵ山』と称される大坑道でした。江戸時代中期には代官所直営の間歩(御直山)として操業されました。 龍源寺間歩は全長約600mに及びますが、このうち見学できるのは入り口から157mの地点までのところです。坑道内の壁面には当時のノミの跡がそのまま残っており、当時の採掘の様子がよく伝わってきます。また鉱脈に沿って掘り進んだ20余りの横穴や、垂直に100mも掘られた竪坑を見ることもできます。 157mの地点から新たに設けられた観光用の坑道(栃畑谷新坑、全長116m)には『石見銀山絵巻』の電照板が展示してあり、当時の銀山の様子を伺い知ることができます。

銀山公園

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